第3回 久保 美智代さん キャスター・アナウンサー
「見れば見るほど広がる、つながる!体で歴史を感じることができるんです」
―― 久保さんは世界遺産検定を受けられ、シルバー(現2級)の認定もされていますね。今までに訪れた世界遺産は273ヵ所(!)。ブログでも紹介されていますよね。
世界遺産検定には最初から注目してましたよ!知識を試したいという気持ちがありましたね。でも実は勉強はまったくしなかったんです。昔から「お勉強」が苦痛で…(笑)。だって本で勉強するより、実際に行ってみる方が楽しいでしょ?
世界遺産がすごいのは、見れば見るほど好奇心が広がっていくところ。国単位で見ていた断片が、今度は国境を越えて文化でつながりだしますからね。たとえばローマ遺跡の数々。イギリスにはローマ帝国の境界線という世界遺産、いわゆる“イギリス版万里の長城”がありますが、ローマ帝国がスコットランドの手前くらいまで拡大していたんですよ!またビザンツ帝国のモザイクを見ながら「チュニジアでもイスタンブルでも見た!」って思った瞬間たまらなくうれしかったですね(笑)。
「どこがお気に入り?」と言われても、どこも素晴らしいので困るんですが、最近行った中ではクロアチアのドゥブロヴニクの旧市街ですね。"アドリア海の真珠"と呼ばれている美しい街で、クロアチアが1991年に旧ユーゴスラビアから独立宣言したとき、2,000発もの爆撃を受けたんです。そこから復興したという歴史をかみしめながら景色をみると、余計に美しさが実感できるんですよね。
インターネットや書物でもバーチャル体験はできるかもしれないけど、そこに行かないと見られないものがあるし、自分で行くから体で歴史を感じることができる。結局、検定には勉強もせずに合格したわけですが「好きでやってきたことが結果として検定と同じところにたどり着いた」と思うとうれしかったです。認定後、世界遺産のブログを書き始めたのですが、ブログのために調べて旅をしてという勉強なら楽しい。「私はこれでいこう」って決めました(笑)。そしていつかマイスターも受けるぞ!って。
旅の目的地の決め方はいろいろですね。紀伊山地の霊場と参詣道は、2例目の道の世界遺産と言われました。熊野古道を歩いてみて、「じゃあ最初の道の世界遺産ってどんな道なの?」と興味がわいて、すぐにスペインにあるサンディアゴ巡礼路に行ってしまいました。そしたら今度は「私の生まれた四国の八十八ヵ所も巡礼路じゃない!」って気づいて、こちらも巡りました。何年かかかりましたが、満願成就しましたよ。
姫路城は日本の城百選に選ばれています。この城を紹介する本を手にしたのをきっかけに、全国のお城巡りもしています。故郷の宇和島城があんなきれいな城だなんて思ってなかった。姫路城の近くに引っ越したから気づいたんですね。
日本の世界遺産は何回も訪れています。訪れる時期で表情が違うし、行事や花がより世界遺産を彩ってくれるんです。東大寺のお水取りなんて普通の松明と大松明の日があって、同じイベントで何度でも楽しめるんですよ!お得でしょう?
白川郷は年1回ある一斉放水や、屋根の葺き替えを見に訪れましたが、雪の白川郷はまだ見てないんですよ。
白神山地に行ったときは「トントントン」ってブナの林の中から音がする。何かな?って思ってたら…キツツキ!いいでしょ?。キツツキですよ。日本もいいなあって思う瞬間ですよ。
―― それほどまでにハマるきっかけは何だったのですか?
愛媛でテレビ局のアナウンサーをしていた頃、夫と2人でカナダをドライブ旅行したんです。当時は全然ブームになってなかったので、意識もしませんでした。でも、行った場所で世界遺産のシンボルマークを見つけるんです。「ここ、世界遺産らしいよ!すごいね」って。その後、帰国してたまたまテレビでカナディアン・ロッキーの特集をしていたんです。「世界遺産だったんだ。そういえばウォータートン・グレーシャー国際平和自然公園も世界遺産だったよね」って感激しちゃって。そこからほかにどんなところがあるんだろう?って調べ始めて、私も夫もどんどんハマっていったんです。
そのうちに「旅行だけじゃなくて住みたい」とも思うようになり、夫に「転勤希望先には奈良とか京都とか、世界遺産がある街を書いてよ」って頼んでいたんです(笑)。そしたらホントに奈良に転勤の辞令が。自転車で行ける範囲に平城宮跡や東大寺があるので「これはもう行くしかない」と思って、くまなく通いましたよ。そのうちにショッピングや映画よりも、仏像鑑賞と庭園巡りが趣味になりました。
その後、姫路に転勤。偶然、姫路城が見えるマンションに空きが出たと聞き、「これも何かの縁!」と、住まいもお城の近くにしました(笑)。毎日、美しい姫路城を眺めながら、世界遺産がある場所に住むことの楽しさを実感しています。
「心の中に平和のとりでを築く方法。それが私にとっては世界遺産の旅だったということに、アウシュヴィッツで気づいたんです」
―― カルチャースクールなど、世界遺産講座の講師としても活動を広げておられますね。
奈良に住んでいた頃、カルチャースクールの事業を担当していたアナウンサー時代の元上司に誘われ、講師をすることに。趣味の世界遺産が、仕事としてもできるようになったんです。その後、奈良で高校生向けの世界遺産講座をしたことから、中学校、小学校からも講演の依頼をいただくようになりました。
ユネスコ憲章の前文に「戦争は人の心の中に生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」とあるのですが、講演に行ったときは必ず紹介しています。きっかけはポーランドのアウシュヴィツ・ビルケナウ。ナチス・ドイツの強制収容所です。強烈でしたよ。薄暗くて冷気の漂うガス室に足を踏み入れるだけで鳥肌がたちました。それを見たとき、こういう負の遺産にこそ世界遺産の存在意義があると痛烈に感じたんです。
(財)アジア・ユネスコ文化センター文化遺産保護協力事務所(ACCU奈良事務所)の世界遺産教室にて
最近は小学校から高校まで、子どもたちを前に話すことも多い。写真は(財)アジア・ユネスコ文化センター文化遺産保護協力事務所(ACCU奈良事務所)の世界遺産教室
戦争が人の心の中で生まれるっていうのは憎しみだったり無知だったりねたみだったりという気持ちからでしょう?そうならないために平和のとりでを築くためにどうすればいいか…。その答えは私の中では世界遺産の旅だったんです。様々な国の文化・自然に興味を持ち、歴史を学び、そこに暮らす人々に出会う。知れば知るほど、戦争なんてしたくないと思います。
小学生たちを前にアウシュヴィッツの話をするかどうか迷ったこともありますが、思いきって話してみたんです。すると、それまでザワザワしていたのに水を打ったようにシーンとなって…。少しでも伝わったんじゃないかなと思うとうれしかったですね。
多くの人に世界遺産に興味を持ってもらい、平和のとりでを築いていきたい。そんなふうに思わせてくれた世界遺産は、私の人生みたいなもの。この先も2006年に生まれた息子の成長と一緒に旅をしたいし、夫婦だけになっても続けていきたい。もう私の生活から切り離せません。こんな面白いものはないですからね。
プロフィール
久保 美智代(くぼ みちよ)さん