認定級 マイスター・世界遺産アカデミー認定講師
佐々木 心音さん、北宮 枝里子さん
清泉女学院中学高等学校
―― 佐々木さんは神奈川県初の高校生マイスターで認定講師ですね。北宮先生も認定講師ということで、どのようにして世界遺産検定を知り、マイスターまで上り詰めていったのでしょうか。お二人の交流も含めて教えてください。
北宮先生:私が初めて世界遺産検定を受検したのは第9回検定で、当時大学生でした。社会科で教職を取ることを目指していて、地理は元々好きで勉強もよくしていたのですが、実はあまり歴史が好きじゃなかったんです。でも、教職を取るならもちろん歴史も必須なので、何とか興味を持たなければと。
そんなタイミングで、本屋さんで世界遺産検定のポスターやパンフレットを見かけたんです。当時はまだ世界遺産のことは漠然としか知らなかったのですが、どちらかというと自分のなかで歴史寄りのイメージが強かったので、日本史や世界史に興味の幅を広げるために、ちょっと受けてみようかなと思ったのがきっかけです。
そのときに2級を取り、教員になったあともずっと2級のままでした。2020年に佐々木さんが入学し、その学年へ世界遺産の授業をしていたら、2021年、佐々木さんが中学2年生のときに「私は在学中に1級とマイスターを取ります」と宣言したんです。ちなみに中1の時点でもう2級まで取って私に並んでいました。教師が何事も先達であるべきだとは思いませんが、生徒がそういう風に火が付いて上を目指すのであれば、自分も経験しておきたいなって思ったんですね。それで同年の7月に1級、12月にマイスターを受検しました。佐々木さんがいなかったら私、今も2級のままです。
佐々木さん:今、先生からも世界遺産の授業というお話が出ていましたが、入学した時期がちょうどコロナ禍だったので授業でも動画配信があったりして、北宮先生が『目からウロコの世界遺産』という番組をご自身で作って配信してくださっていました。それを見て、色々な価値観があるなかでも人類共通の財産を守ろうという理念、活動にすごく感動して、せっかく興味が湧いたので検定も受けてみようと思って受検しました。
中1の7月に4級と3級、9月に2級を受けて合格できたのですが、検定日が毎回学校のテストの直前だったので、パニックで泣きながらみたいな(笑)。でも今振り返るといい思い出です。
1級を取ったのは高校1年生の7月なのですが、それまでに中2の7月、12月と、中3の7月の計3回落ちてて。でも毎回10点ずつぐらい点数が上がっていって、回を追うごとに世界遺産をどんどん好きになっていって楽しかったです。
―― マイスター、認定講師となって、今の率直な感想をお伺いできればと思います。心境の変化などはありますか。
北宮先生:教員と生徒っていう関係性を抜きにして、佐々木さんには純粋に尊敬の念しかないです。大人でも有言実行するのってなかなか難しいと思うのですが、中2で宣言したことを本当にやりのけて。自分も同じ試験を経験したからこそわかるすごさは率直に感じますね。
―― 佐々木さんは世界遺産関連のイベントなどにも積極的に参加されていますね。
佐々木さん:今年の夏に世界遺産アカデミーが主催した国立西洋美術館での中学・高校生向けのイベントに参加しました。学校では世界遺産に興味を持っている同年代の人は、もちろんいるんですが多いわけではないので、イベントに行ってみて「あ、こんなに世界遺産友達がいるんだな」と感じて楽しかったのと、自分が認定者な分、逆に検定を受けたことがない方の視点が新鮮で面白かったです。
―― 試験に向けての具体的な勉強方法を教えていただけますでしょうか。
佐々木さん:私は1級テキストがまだ上下2巻の時代で、ひたすら読むって感じでした。合格した回の前に北宮先生に、持ち運びがしやすいように背表紙から章ごとにテキストを切って分割し、読む方法を教えていただきました。それまではカバンの中から重いものを取り出して…という感じだったのが、一番小さなポケットに入ってサクッと読めるようになりました。
北宮先生:私がそのスタイルなんです。大学受験のときも分厚い参考書は切り分けてしまうタイプでした。(分割されたテキストを手に取りながら)これは日本の遺産だけのページなんです。こっちはアジアだけでまとまっていて、アフリカとオセアニアはセット。問題はヨーロッパで、遺産が多すぎて分割してもまだ分厚いんです(笑)。だから、ヨーロッパだけはさらに半分に切り分けました。あとは南北アメリカ。これでテキストが大体同じくらいの分量になるんですよね。
―― 勉強しているなかで、特に好きになった世界遺産や気になった世界遺産を教えてください。
北宮先生:単体で「この遺産!」という話ではないのですが、「真正性」という考え方をテキストで学んだときは、思わずページをめくる手が止まってしまうぐらい、強い関心を持ちました。日本は地震などの災害も多く、保全してもまた崩れてしまうリスクがあるなかで、じゃあ例えばそこに鉄骨を入れてよいものなのかと。そこで建築技法や素材にこだわるということにすごく感動したんですね。
それを踏まえて興味のある世界遺産というと、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」です。首里城正殿が火災で焼失してしまいましたよね。あの建物自体は世界遺産ではありませんが、その再建を個人的に追っていたんです。古来、リュウキュウマツやイヌマキなど建材が決まっていることは聞いていたのですが、調べてみると修繕に用いるための保全林がやんばるのほうにあっても、環境の変化でなかなか思うように採れず、代替材にも頼らざるを得なくなっているということを知りました。
一度戦争で焼失して、昔の資料をもとにやっとの思いで復元したものを、今度は違う素材で再建したとして、それは本物といえるのか。そして沖縄の方々のアイデンティティになり得るのかという「真正性」についての問いが、自分の頭のなかにもありますし、中学1年生の授業でもテーマにして取り扱ったりしています。
佐々木さん:私が好きな世界遺産は国立西洋美術館です。世界遺産を好きになった理由も「人類共通の財産」という理念なので、トランスコンチネンタル・サイト、つまり同じ建築家が造った建物が国も大陸も越えてさまざまな価値観のなかで受容されていて、それが今まで守られているというのが、まさに「人類共通の財産」の本質を見るような気がしています。
確か私が中2のときに工事をしていて、外のパネルに書いてある工事の概要説明や、隙間から工事の様子を見て一人で感動していたのですが、この前久しぶりに訪れたとき、その工事が向かいの東京文化会館とのつながりをきちんとわかるようにするためのものだったと伺って、改めて好きになりました。
―― 佐々木さんは2022年度の「SDGsチャレンジ!」プレゼンテーション部門で最優秀賞を獲得されました。そのときの取り組みについても教えてください。
佐々木さん:世界遺産に興味がある友達と二人で「産業遺産を例に持続可能な産業のあり方を考えよう」というテーマに応募しました。そのほかに観光などのテーマもあって、最初は「産業遺産ってちょっととっつきにくそうだね」という話もしていたのですが、少し学んでみると海外と日本とのつながりが深い遺産がたくさん出てきたり、「生きた遺産」として保護するという考え方にも触れられて、何か世界遺産の理念とつながるところが大きいように感じて。身近な存在ではないと思っていたところから、産業遺産がぐっと自分に身近に感じられるようになったので、その経験を周りの人にも共有できるのではないかと思って、このテーマを選びました。
プレゼンテーションでは富岡製糸場を大きなテーマとして取り上げ、ミディ運河やフィリピンのコルディリェーラなどを引き合いに出しながら、持続可能な産業について考えました。そのとき、富岡製糸場の方にメールでインタビューをさせていただき、世界遺産登録直後に比べて観光客数が減ってきているというお話を伺って、何かできないかと思ったんです。そこで世界遺産を生活のなかで身近に感じてもらいつつ、寄付にもなるような活動がしたいと思って、校内でイラストを募ってコンテストを開催し、それをグッズ化して販売するという活動に結びつきました。
北宮先生:イラストを描いてグッズを作るというのはよくあると思うんですが、二人の何がすごいかというと、目的がすごく明確なんです。世界遺産の絵が描いてあるグッズを買うことでその人が毎日世界遺産に触れられて、収益は遺産の保全に寄付される。デザインを公募にしたのも、そういうイベントを開催することで校内の生徒が興味を持ってくれるきっかけになるし、応募する人は世界遺産について調べることになる。投票する人も「何の世界遺産だろう?」という目で見る。すべてがつながるんです。よく考えてるなーと思って。
―― 世界遺産を学んでいて特に印象的だったことは何でしょうか。
佐々木さん:将来は教育に携わりたいという思いがあって、今、校外活動で教育の研究をやったりもしているのですが、そのきっかけになったのが世界遺産を学んだことでした。世界遺産を学ぶ前は結構浅く広く、ジェンダーやSDGsなどに興味があったのですが、世界遺産にはまったことで、自分のなかで教育への関心やアイデアが深まっていくという変化が印象的でした。
中3のとき、学校の課題で国境を越える世界遺産について探究し、もっといろんな方向から世界遺産を深めたいと考えて、高1では上智大学が主催している「せかい探究部」という研究プログラムに参加しました。「現代社会に求められる世界遺産教育とは」という題で論文を書いて、世界遺産教育の実践例として北宮先生にインタビューさせていただいたり、フィリピンのコルディリェーラを使った授業案を作成して論文に載せたり。今は少し違った角度から、東京大学の「グローバルサイエンスキャンパス」というちょっと理系寄りのプログラムなのですが、そこで世界遺産教育の教科横断的アプローチについて研究しています。発表会が迫っているので焦っています(笑)。
北宮先生:私が印象に残っているのは、マイスター試験の1,200字の論述です。大人になると、あまり試験を受ける機会ってなくなりますよね。それでも教員という立場上、普段は大学入試に向けて「論述はこう書くんだぞ」と指導しなければなりません。だから、自分がいつも生徒に言っていることが本当に有効なのかを、緊張感のなかで身をもって確かめる意味でもこの試験は経験しておいてすごくよかったと思います。
それに、やっぱり論述試験って対策しようのない部分もあるわけですよね。だから、対策できない部分に関してはどういう準備をしていくべきなのか、マイスター試験を通じて改めて考えるきっかけになり、それは大学受験指導にも活かせるだろうと思います。
―― 佐々木さんの進路希望について、差し支えのない範囲で教えていただけますでしょうか。また、北宮先生はお仕事において、世界遺産の学びがどのように活きているでしょうか。
佐々木さん:先ほど教育に携わりたいというお話をさせていただいたのですが、最近は地理などにも興味があって、まだ全然決め切れていません。研究職も気になるし、教員にも興味があります。でもどの道に行っても、何らかの形で世界遺産に関わり続けたいとは思っています。
北宮先生:たまたま私が地理の教員なので、仕事にすごく活きています。世界遺産は授業の導入にも、実践にも、単元のまとめにも有効なんです。そういう意味では活かすというより、世界遺産が授業のなかにないと、何かもの足りないような感覚ですね。
―― プライベートでは世界遺産の知識をどのように活かしていきたいですか。
北宮先生:世界遺産を間に入れていろんな人とつながりたいですね。以前アメリカに行ったとき、たまたま売店でエチオピア人の方が話しかけてきたんです。それで、「エチオピアってラリベラとか素敵な世界遺産があるよね」という話をしたら、すごく喜んでくれて。自分たちが大切に残してきた遺産のことを、遠く離れた国の人が知ってるっていうのは、やっぱりうれしいものなんですね。
そういう人と人とのつながりって平和への第一歩じゃないですか。自分にどこまでのことができるかわかりませんが、例えばボランティアで海外の方の世界遺産ツアーをやってみるとか、何かちょっとでも日本や世界の皆さんの異文化理解をお手伝いできたらいいな、と思っています。あのエチオピアの方と互いにわかり合えた瞬間のうれしさを、同じように体験してほしいと思っています。
佐々木さん:私が世界遺産を学び始めたのは、受験とか何かに短期的に役に立つから勉強を始めたわけではなく、大切なものを守っていくという世界遺産の理念に共感したからなんです。そういう入り方だったからこそ、教育や哲学などにも興味が広がっていったので、自分がさらに知識を蓄えていきたいと思うのと同時に、私と同じような経験を多くの人にしてほしいと思っています。
(2024年12月)