貴堂 嘉之氏/一橋大学

一橋大学 大学院社会学研究科教授 貴堂 嘉之氏

一橋大学

大学院社会学研究科教授

貴堂 嘉之氏

世界遺産は高校から大学における 学びへの転換に役立つ題材です

―― 先生ご自身も、2014年3月の検定で2級、2015年7月の検定で1級を取得されています。世界遺産検定を受検しようと思ったきっかけは?

 7、8年前から世界の港市(ポートシティ)に関する共同研究に参加しており、スペイン、ポルトガル、トルコなど、世界各国の商業港や奴隷貿易で栄えた港に足を運ぶ機会が増えました。世界遺産に触れることも多くなり、数えてみたら、40か所ほどの遺産に足を運んでいました。

 検定に挑戦したのは、当時、高校3年生だった息子に勝負を挑まれたのがきっかけです。普段は問題を作る立場ですから、試験や検定を受けることは滅多にありません。落ちるとプライドが傷つきますからね(笑)。でも、高校生から挑戦を申し込まれたら、受けないわけにはいきません。2級で勝負したのですが、97点を獲得した息子に数点の差で敗れてしまいました。ただ、そのときに受検をすることの楽しさを知り、去年は1級を取得しました。今年はマイスターを目指すつもりですが、隠れて受検します(笑)。

―― 2015年、先生が担当されている「社会科学概論」で世界遺産講座を取り入れてくださいました。導入の経緯を教えてください。

 「社会科学概論」は1年生の必修科目のひとつで、一橋大学の社会学部の設立当初からある伝統のある授業です。社会科学や人文科学の基礎となる技法を学ぶのですが、いかに高校までの受動的「勉強」から、大学で必要な主体的「学び」「研究」へと転換を図るかが課題となります。

 私自身が受検したことで、世界遺産にはこの転換教育において役立つコンテンツが満載だということがわかりました。たとえば、世界遺産を学ぶことは、高校の世界史では時系列的に学んできた歴史を、「顕著な普遍的価値」といったまったく別の視点からとらえなおすことになります。暗記でない部分で自分の関心を追求していくという部分は、転換教育において強調したい部分のひとつです。また、世界遺産には地理的要素あります。現在の大学教育に求められる、グローバル・スタディーズ的な意味合いも強く、大学の学びへの導入として役立つ題材だと考えました。

―― 世界遺産についての授業はどのようにして行ったのですか?

 世界遺産検定事務局の方が登壇してくださった講義は好評で、ユネスコで働くにはどうしたらいいのかといった質問もありました。その次の講義では、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」というユネスコの憲章の言葉を用い、文化を守ることの意義について話し、さらに平和を守るための文化の役割を結びつけていきました。

 「社会科学概論」で僕がテーマにしたのは、「社会を変える」「世界を変える」ということです。ちょうど国会前で、「SEALDs」(シールズ)などの学生がムーブメントを起こし、学生たちも自分たちがいかに社会を作り直せるのか、貢献できるのかという部分に関心を持っています。そんな彼らが人類により普遍的価値があるとして守られてきた世界遺産を意識し、普遍とは何かを問うことはとても意味のあることだと思います。

―― 2015年12月の検定では、履修生約120名のうち、24名が団体受検で2級を受検。合格者はボーナスポイントをもらえます。合格率76.5%という好成績でしたが、生徒たちの反応はいかがでしたか。

 今回、2級取得者には、10点の加点を与えました。2級はややハードルは高いとはいえ、超えられない高さではありません。知識欲が刺激され、手ごたえのある2級が彼らにとってはちょうど良かったのでしょう。3級では物足りなさを感じてしまったかもしれません。

 受検にあたっては、「知的に遊んでみなさい」と言いました。100点を取った学生もいます。留学を考えている学生で、次は1級を受けると宣言していました。

僕が考えていた以上に学生たちは関心を持ってくれたようなので、2016年度もぜひ取り入れたいですね。また、2級を受検した学生のフォローも考えていきたいです。

「僕は負の遺産マニア。アフリカの奴隷貿易や広島の原爆ドーム、アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所などは歴史家にとっては関心が高いところで、これについて語り始めると長いですよ(笑)」

(2016年3月)