■ 研究員ブログ163 ■ ようこそオリンピック・イヤー! オリンピックと世界遺産は関係ある!?

明けましておめでとうございます。2000年になってからもう20年なんですね。本当にあっという間です。

今年は9年ぶりに日本に自然遺産が増えるかもしれない年です。同じ価値を持つ遺産は代表的なものだけが世界遺産に登録されるという世界遺産の「代表性」という観点(つまり全ての世界遺産は異なる価値を持つということ)から言えば、自然遺産の登録は完成に近づいてきているという話を、以前IUCNの方から伺ったことがあります。地球の自然環境の特徴を示す遺産は、概ね登録されてきているということです。そうした背景もあって、日本からも久しぶりの自然遺産候補です。

そして2020年は、何といってもオリンピック・イヤーですね。楽しみにされている方も多いのではないでしょうか。オリンピックと世界遺産。今年はここから始めたいと思います。

オリンピックと世界遺産は、あまり関係がなさそうですが、根本の部分でよく似ています。近代オリンピックの理念と世界遺産の理念の両方が、国家や民族を超えた価値を目指している点です。世界遺産の「顕著な普遍的価値(OUV)」は、国や宗教、性別、民族、世代などに関わらず、人類全体にとって共通した重要性を持つとされる価値です。一方で、オリンピックも国同士の競争ではなく、国籍や宗教などを超えた個人とその集団の競争であることがオリンピック憲章に書かれています。オリンピック憲章には「IOC(国際オリンピック委員会) と OCOG(オリンピック競技会組織委員会) は入賞者の国ごとの世界ランキングを作成してはならない」とまで書いてあるので、世界遺産よりも徹底しているのかもしれません。その理念があまり守られていないように感じるのは残念ですが。

次に、オリンピック関連で登録されている世界遺産ですが、近代オリンピックのために新たに造られた建造物で、世界遺産に登録されているものはありません。古代オリンピックに関するものであれば、ギリシャの『オリンピアの考古遺跡』や『デルフィの考古遺跡』などがありますが、これは「スポーツ競技会の舞台」という点が評価されているわけではなく、ギリシャ世界における最高神ゼウスに捧げる祭典(オリンピアの祭典)が行われていた地として、古代ギリシャの信仰や文化の中心地のひとつであった点が評価され世界遺産になりました。デルフィも同じく神アポロンに捧げる祭典のひとつ「ピュティア競技会」が開かれた信仰の場であったことが評価されている点です。

一方で、近代オリンピックでは信仰などとは切り離され「スポーツ競技」に特化しているため、「オリンピックの会場」という点を価値の中心において世界遺産登録することは難しいと思います。「オリンピックはスポーツ文化を代表するものだ」という意見もあるかもしれませんが、各競技のワールドカップや各国リーグなどもある中、「オリンピックがスポーツ文化を代表している」ことを証明するのは困難です。また、仮にオリンピックがスポーツ文化を代表していることが証明できたとして、今度は4年ごとに各国で開催されているオリンピックの、どの会場が「オリンピックを代表する建造物」として世界遺産に値するのか決めることは不可能でしょう。

しかし、「近代オリンピックのために造られた」「オリンピックの会場としての価値」という2点を考えなければ、オリンピックのメインスタジアムとして使われた建造物が世界遺産に登録されています。メキシコの世界遺産『メキシコ国立自治大学(UNAM)の中央大学都市キャンパス』に含まれる、「エスタディオ・オリンピコ・ウニベルシタリオ」です。この競技場は、1952年に建設され1968年のメキシコオリンピックのメイン会場として使用されました。この世界遺産は、メキシコ革命後の近代化運動の中で、メキシコ壁画運動などとも関連しながら、メキシコ文化の再生や、教育・文化の中心となることを目的にUNAMが造られた点が評価されています。スタジアムはその中でスポーツ文化を担う施設として、価値に含まれました。

最後に、今回の東京オリンピック・パラリンピックで見ると、丹下健三氏が設計した国立代々木競技場が世界遺産と関係があるとも言えます。ご存知の方も多いですが、丹下健三氏は、世界遺産『広島平和記念碑(原爆ドーム)』の価値を守るバッファー・ゾーン(緩衝地帯)に含まれている「広島平和記念公園」と「広島平和記念資料館」の設計を行った人物です。第二次世界大戦後に、二度と戦争を起こさない平和な世界を目指す活動の一環として生まれた世界遺産条約と、戦後平和のシンボルとしての「広島平和記念日(原爆ドーム)」。同じく第二次世界大戦後、戦争の憎しみを克服して人々が再び手を取り合う平和な世界の象徴としてオリンピックが敗戦国日本で開催され、そのために造られた国立代々木競技場。どちらも「平和」という共通点もあります。

オリンピック・パラリンピックは、世界のことを知る絶好の機会です。競技を見て、出場する選手の国のことを調べてみる、可能ならその国の人と交流してみる。知らない国や文化はまだまだ沢山あります。世界遺産と同じくオリンピック・パラリンピックも世界への窓口です。せっかくこんなにもお金をかけてやるんですから、最大限に活用していけるとよいですね。個人的にも。

世界遺産のことも忘れずに、今年も一年間よろしくお願いします。

(2020.01.06)