今回訪れた大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)と伊勢堂岱遺跡(いせどうたいいせき)、そして「白神山地」はどれも、「地味な世界遺産」というイメージではないでしょうか。同じ環状列石であれば、英国のストーンヘンジやエイヴベリーの方がずっと華やかさがあります。また、アメリカの「イエローストーン国立公園」や、タンザニアの「セレンゲティ国立公園」のような圧倒されるような迫力は「白神山地」にはありません。
それでも僕は、大湯環状列石、伊勢堂岱遺跡、白神山地は、世界遺産らしい遺産だと思うのです。
というのも世界遺産は、世界の美しい文化財や雄大な自然をリストアップする活動ではないからです。もちろんそういった側面もありますが、第一義的には危機に陥る文化財や自然を守る活動です。これは世界遺産条約を読むと、一番最初に次のように書いてあることからもわかります。
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文化遺産と自然遺産はますます増加する破壊の脅威に脅かされている。それは従来の経年による衰退を原因とするだけでなく、社会や経済状況の変化によっても悪化する、より恐ろしい損傷や破壊の事態も原因となっている。(中略)文化遺産や自然遺産を脅かす新たな危機の大きさと重大さの観点から、遺産保有国のとる措置の代わりとはならないが、その有効な手助けとなる顕著な普遍的価値をもつ遺産の保護活動に加わることが、国際社会全体に課された義務である。(後略)
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世界遺産を脅かす危機としては、先進国では開発の問題がやはり大きいです。日本には危機遺産はありませんが、ヨーロッパと北米で危機遺産リストに記載されている3件はどれも開発と関連がありますし、同じく世界遺産リストから削除された2件は、ドレスデンもリヴァプールも開発が原因です。また危機遺産リストに記載されていなくても、ウェストミンスターやセビーリャ、日本の京都や「広島平和記念碑(原爆ドーム)」など、開発が問題となっている遺産は多くあります。
しかし、大規模開発やバイパス・高速道路の敷設は、人々の生活の質や利便性の向上にも関係するので、一概に悪であるということはもちろんできません。大切なのは遺産保護とどのように折り合いをつけるのか、ということだと思います。
まず、縄文遺跡というのは残されていること自体が奇跡的です。なぜなら、縄文時代以降、日本には長い歴史があり、必ずしも居住可能な場所が広いとは言えない日本列島の中で、さまざまな文化が営まれてきたからです。多くの縄文遺跡は、放置されて崩れるか、取り壊されて上に別の構造物が作られるか、または長い年月の間に地中に埋もれていきました。「北海道・北東北の縄文遺跡群」として登録された縄文遺跡もほとんどが地中から発見されています。その発見のきっかけの1つが開発です。
大規模建設や道路敷設などの時に、事前調査で地下が調べられ、その時に縄文遺跡などが発掘されることがあります。多くの場合、縄文遺跡などが発掘されても、地元の教育委員会などによって記録だけが取られてそのまま工事が進められるか、もう少し貴重な遺跡であれば近くの公園などに一部が移設されて保存されることになります。当然、こうした記録や移設保存は、遺跡を本来の姿で保存しているとは言えないでしょう。
「北海道・北東北の縄文遺跡群」に含まれる遺跡は、そうした開発をストップしたり変更したりして守られたものが多くあります。青森県の三内丸山遺跡は、県営野球場建設の事前調査で縄文時代の大規模建造物の柱跡が発見されて建設計画が中止になり調査・保護されることになったし、大湯環状列石は耕地整理の時に発見され調査・保護されることになりました。どちらも既に動き出していた開発を止める決断をした勇気に頭が下がります。動き出した開発は止まらないことが多いですから。
中でも開発が止まり保護されたことがよくわかるのが、秋田県の伊勢堂岱遺跡です。伊勢堂岱遺跡は、すぐ近くに大館能代空港があるため、空港へアクセスするための県道の建設が進められていました。その過程で環状列石が発見されます。当初は、調査後に埋め戻して道路建設を進める予定でしたが、環状列石の周囲に掘立柱建物の柱穴が見つかり、その建物の向きから他にも環状列石があることが分かったため、工事をストップして調査を続けることが決まりました。そうして、これまでに例のない4つもの環状列石が並ぶ伊勢堂岱遺跡の姿が明らかになりました。
そのため遺跡のほんの数十メートルのところまで来ていた道路建設は中止され、遺跡をくるりと迂回するように計画が変更されました。伊勢堂岱遺跡のすぐ脇には、建設途中の道路の橋脚が残されています。車を運転する人には突然曲がる県道は少し不便かもしれませんが、その不便さを上回る驚き感動が伊勢堂岱遺跡にはあると思います。秋田県はまた、遺跡のすぐ下を通る高速道路建設でも、遺跡の近くでは掘り下げて遺跡からは道路や車が見えないようにするなど、遺跡の景観保護に気を使っています。素晴らしいことですよね。前回書いたように、伊勢堂岱遺跡からは遠くに白神山地が見えるのですが、もしかしたらその間に高速道路が通って視界を邪魔したかもしれないのですから。
今回の世界遺産登録では、大湯環状列石の2つのサークルの間を横切る県道の十二所花輪大湯線が問題となり、秋田県では遺産保護のために県道の敷き替えの予算が取られることになりました。住民の生活に欠かせない重要な道路ですが、迂回計画が立てられ、それに住民の皆さんが理解を示されたことを僕はすごく嬉しく思います。これは、景観の問題だけでなく、県道を走る車の振動が環状列石に影響を与えるからです。厳しい冬の霜柱でも列石が倒れる可能性があるくらいなのですから。どんな遺産でも、地域の人々の理解と協力がなくては保護はできません。
白神山地では、青秋林道の建設反対運動から保護運動が始まります。その後、秋田県側の道路建設がストップし、青森県知事が建設見直しを発表し、林野庁が一帯を森林生態系保護地域に指定したことで白神山地は守られることになりました。地図を見ると、青秋林道が世界遺産の秋田県側の核心地域のすぐ近くで止まっていることが分かります。
大湯環状列石も伊勢堂岱遺跡も、白神山地も、人々が保護のために努力して、地域の人々が保護に理解を示して守られた遺産です。同じような状況にありながら保護されず消えていった遺産は沢山あります。
そう考えると、鹿苑寺金閣や姫路城を訪れるのも大切な世界遺産学習ですが、「世界遺産活動の意義を学ぶ」という意味では、伊勢堂岱遺跡を訪れて工事が中断された橋脚を見て、大湯環状列石を訪れて県道を横切って、白神山地に登って人工林と原生林のブナの幹の形を見比べる、というのがすごくよい世界遺産学習になると思います。ぜひ訪れて世界遺産の本当の意義を感じてみて下さい。
(2021.12.03)