■ 研究員ブログ181 ■ 「佐渡島の金山」の推薦について考えたこと(後半)

(前半からつづく)

まず1つ目は「世界の記憶」の制度との関係です。既に多く報道されている通り、ユネスコのプロジェクトである「世界の記憶」において、日本は「南京虐殺」や「慰安婦」を念頭に、加盟国の反対があるものの推薦については事前に合意を得る必要があるという制度の導入を主導しました。

政治家などが言っているように、「世界の記憶」は世界遺産とは別物であるというのはその通りですが、だからといって無視できるものではありません。そもそも世界遺産条約の作業指針にも「推薦準備」の項目で、推薦書を提出する前には建設的な対話を通して、他の加盟国と関係する潜在的な問題を回避する努力をしなければならない、と書かれています。

国際政治の場では(国内でもそうでしょうが)、政治家や外交官は、直接関係のない別の条約案件や経済援助などとトレードオフしながら他国と交渉を行い、案件に優先順位をつけて目的を達成させていきます。世界遺産委員会の場合は、世界遺産と関係のない案件で譲歩したり協力を約束したりしながら、日本の遺産の登録へ協力を取り付けます。基本的に、21カ国の委員国の合意で登録の可否が決定する世界遺産委員会で、日本の遺産にポジティヴな発言をしてもらうというのは大変重要です。

世界遺産委員会の「政治化」が問題と言われますが、国際条約の場でそうした政治的な駆け引きがない方がおかしいです。それぞれの国の利害は異なるのですから。世界遺産条約がうまく回っているときはそうした駆け引きが見えないだけの話です。「世界遺産委員会の政治化」というのは、世界遺産の保護とは関係のない政治力学が最近は強く働くことがあり、それが目に付くということで、確かに改善すべき点ではあります。

少し話がずれてしまいましたが、世界遺産と「世界の記憶」が別の取り組みであるからと言って、国際政治の場で自己矛盾するように受け取られかねない態度を取るのは、日本のイメージダウンにつながってしまいます。その意味で、今回の登録に向けた日本の交渉は難しいものになるのではないでしょうか。それでもなお政治家やメディアが、世界遺産と「世界の記憶」は別だから強行突破しろと言うのは、何か別の意図すら感じてしまいます。

2つ目は、「近年の紛争」に関する世界遺産委員会の動向です。世界遺産委員会ではここのところ「第一次世界大戦(西部戦線)の追悼と記憶の場」(フランス、ベルギー)、「ノルマンディー上陸作戦(1944年)の海岸」(フランス)、「グダニスク造船所」(ポーランド)と続けて審議の延期を決定しましています。どれも評価が定まっていない「近年の紛争(リーセント・コンフリクツ)」に関する遺産です。「近年の紛争」に関する扱いをどうするのか、そもそも「記憶」という世界遺産が対象とする不動産を超えた価値をどのように評価するのか、ワーキンググループを立ち上げて議論が行われています。

今回の「佐渡島の金山」はOUVから見て、「近年の紛争」とは異なりますが、世界遺産委員会で強制労働の議論になってしまうと、審議延期と判断される可能性はあります。ユネスコや世界遺産の活動理念は、国際社会が協働することで平和な世界を実現するというものですが、加盟国間の対立を引き起こし分断させる遺産の推薦は、そうした活動理念に反するものとして敬遠されるかもしれないからです。

3つ目は、世界遺産委員会の場で遺産の保護と関係のない議論が嫌がられることです。2つ目の理由とも重なりますが、世界遺産委員会の場で強制労働の有無に関する終わりのない議論になってしまうことは、世界遺産委員会の委員国は望んでいません。東アジアで揉めている分には世界でほとんど話題にもなりませんが、国際的な会議の場に東アジアの一地域のもめ事を持ちむことになると、日本にも韓国にもマイナスのイメージしかない気がします。そうなるとやはり、両国で話し合ってから推薦してください、という判断になるように思います。

この3点に加えて、最初に書いたように、長い間、採掘が続けられた佐渡島にはOUVに含まれない構造物が多く残されています。そうなるとICOMOSから推薦内容と物証との間の整合性について指摘を受ける可能性もあります。こちらは日韓問題に関係なく大きな課題です。本来であればこの課題について世界遺産委員会でアプローチしたいのに、そこまで話が及ばないとなると佐渡島の人々にも不幸なことです。そもそも、今回、推薦するとかしないとか以前に、少なくとも2015年頃から佐渡島の鉱山を推薦したら韓国が反発しそうだということは言われていたのに、有効な根回しが出来ていなかったことの方が問題な気がします。

OUVに当たる江戸時代であっても、佐渡島の鉱山には罪人なども送られ過酷な労働が行われていました。世界遺産に限らず文化遺産には、光の面と影の面があります。世界遺産登録を目指していると、どうしても光の面ばかりに焦点が当てられますが、影の面もしっかり見つめることで将来に残していくべき立体的な価値のある遺産になります。そして世界遺産に登録されたら、OUVだけでなく、その場所の全ての歴史や文化を伝えていくべきです。

「道遊の割戸」など、佐渡島には守り伝えるべき歴史と文化、貴重な景観があります。「佐渡島の金山」が推薦されないかもしれないということで、登録が難しいかもしれない理由を書きましたが、推薦されたからには無事に登録されることを願っています。これからの動きを見るのは少し気が重いですが。

(2022.02.01)