■ 研究員ブログ184 ■ 第45回世界遺産委員会の開催地はどうなる!?

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新型ウイルスによる感染症が国際的に猛威を振るい、核戦争の危機が現実味を帯び、物価上昇や格差拡大から世界各地で暴動が起き、国連が具体的な実行力をもたなくなる……。映画や漫画でも、そんなに重なったら現実味がないのに、実際の世界ではそれが起きているのです。

世界遺産で考えると、そこにもう1つ加わります。2022年6月19日~6月30日で開催予定の第45回世界遺産委員会の開催地がロシア連邦のカザンで、議長国がロシア連邦。議長はロシア連邦のアレクサンドル・クズネツォフ氏なのです。これは現在のロシアの状況を考えると冗談のようですが、本当のことです。

世界遺産委員会の開催地と開催期間、議長国などは、前年の世界遺産委員会の中で決まり発表されます。今回については、ロシアの招致を受け、2021年に開催された第44回世界遺産委員会で決定しました。世界の国々は、1年前にはまだ、ロシアが今のような方法でウクライナに侵攻するとは予想もしていませんでした。

今年の世界遺産委員会は本当にロシアのカザンで開催されるのでしょうか。

4月8日、英国を代表とする世界遺産条約加盟国の46ヶ国(*1)が、世界遺産委員会に対して公開書簡を送りました。そこでは主に次のようなことが書かれています。

① ロシアのカザンで、ロシアが議長を務める世界遺産委員会を行うのは不可能である。
② 世界遺産委員会が、ロシアを議長国としたまま開催される場合は、開催地が別の国であっても、参加をボイコットする。
③ 世界遺産活動は継続されるべきであり、アフリカの遺産の保護も必要であるため、世界遺産条約50周年を記念する世界遺産委員会の延期は望んでいない。
④ 世界遺産委員会が責任をもって会場変更等を検討して欲しい。

46ヶ国にはアメリカやフランス、ドイツ、英国、オーストラリア、韓国などが含まれていますが、日本は含まれていません。これは、日本が第45回世界遺産委員会の委員国(*2)だからです。日本は書簡を受け取り、具体的な行動をする側にいます。(なぜかナイジェリアだけ両方に名前がありますが。)

世界遺産委員会の開催地と開催期間は、前年の世界遺産委員会で決まると書きましたが、会場変更はどのようにするのかと言うと、世界遺産委員会の手続き規則には、「ビューロー会議がユネスコ事務局長と協議の上、変更することができる」とだけ書かれています。

第45回世界遺産委員会のビューロー会議は、議長国がロシア、副議長国がアルゼンチン、イタリア、サウジアラビア、南アフリカ、タイ、書記国がインドですので、ロシアが自分から会場変更をするとは考えにくく、実現は困難のように思います。

一方で、UNESCOの世界遺産センターのHPでは、第45回世界遺産委員会のページで、会場変更は2つの方法で可能であると書かれています。

① 世界遺産委員会21カ国のうち、3分の2以上の要請で臨時会合が開催され、そこでの合意、もしくはシンプルに多数決で変更する。
② ビューロー会議のメンバーが会合で変更する。

上記の②は手続き規則にある内容だと思いますが、①が手続き規則のどこに書かれているのか、見てみたのですが分かりませんでした。

世界遺産委員会の開催地などは、世界遺産委員会が決定する。また、世界遺産委員会の臨時会合は、委員国の3分の2以上の要請で開催される。・・・ということまでは手続き規則に書かれているので、この2つを合わせて、世界遺産委員会の臨時会合で開催地などを決めることができる、ということなのかもしれません。違っていたらごめんなさい。

しかし、臨時会合での多数決で開催地を変更可能だとしても、そこには議長国の変更までは書かれていないので、仮に開催地がパリのユネスコ本部に変更されたとしても、ロシアが議長を務めることになると思います。そうしたら、先ほどの公開書簡を送った国々はボイコットをすることになるでしょう。

世界遺産委員会はかなり難しい決断をしなくてはなりません。それも、その委員会をまとめる議長国の望まない決断をすることが求められているので、果たして決断は可能なのでしょうか。世界遺産委員国には、ロシアへの制裁に加わっていない国も含まれているのですから尚更です。

手続き規則にはないですが、事務局長の決断で開催地と議長国の変更をすることも考えられますが、そうした場合、ロシアやその友好国などはユネスコや世界遺産条約から離脱するでしょうし、国際法で規則外のことをすることに反対する国も出てくると思います。

現在、ウクライナで多くの人々が命を奪われ、家や学校が爆撃され、美術館や図書館などの文化財が破壊されています。今年の世界遺産委員会は必ず開催し、どのような方法で文化財の保護が可能なのか、各国の合意と宣言を示してもらいたいです。文化財の保護の議論は後回しでよいという意見もあるでしょうが、戦後の復興を見据えた時に、人々の心の立ち直りのために文化財を残しておくことは非常に重要です。文化財のレジリエンスとしての役割は、近年の災害現場などでも注目されていることですから。

ここ数週間のうちに、UNESCOでも世界遺産委員会に関する何らかの発表があると思うので、よく見ていきたいと思います。ウクライナで行われている非現実的な悲劇が一刻も早く終わることを願いながら。

(2022.04.12)

(*1)アフガニスタン、アルバニア、アンドラ、オーストラリア、オーストリア、カナダ、コロンビア、クロアチア、キプロス、チェコ、デンマーク、エクアドル、エストニア、フィンランド、フランス、ジョージア、ドイツ、ハンガリー、アイスランド、アイルランド、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、モルドヴァ、モナコ、モンテネグロ、オランダ、ニュージーランド、ナイジェリア、北マケドニア、ノルウェー、ペルー、ポーランド、ポルトガル、韓国、ルーマニア、セントクリストファー・ネイビス、サン・マリノ、スロヴァキア、スロヴェニア、スペイン、スウェーデン、英国、ウクライナ、アメリカ

(*2)アルゼンチン、ベルギー、ブルガリア、エジプト、エチオピア、ギリシャ、インド、イタリア、日本、マリ、メキシコ、ナイジェリア、オマーン、カタール、ロシア、ルワンダ、セントビンセント・グレナディーン、サウジアラビア、南アフリカ、タイ、ザンビア

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