■ 研究員ブログ202 ■ 【第46回世界遺産委員会(後編)】世界遺産は1223件に!

テル・ウンム・アメル(©駐日パレスチナ常駐総代表部)

(前編から続く)

今回の第46回世界遺産委員会では、文化遺産19件、自然遺産4件、複合遺産1件の合計24件が世界遺産リストに新たに記載され、総数は1,223件になりました。また登録範囲の拡大も2件ありました。一方、危機遺産リストからは1件脱することができましたが、パレスチナの『聖ヒラリオン修道院/テル・ウンム・アメル』が世界遺産リスト記載と同時に危機遺産リストにも記載されたため、総数としては変わらず56件です。

新規登録された24件の遺産のうち、諮問機関から「登録」勧告が出されていたのは19件(*1)で、議長の議事進行が早かったこともあるのですが、どんどんと決まっていった感じでした。実際、スケジュールよりも早く進んだため、予定を繰り上げて新規登録の審議が終了したほどです。

残りの5件のうち、日本の『佐渡島の金山』を含む3件は「情報照会」勧告からの「登録」決議、イランの『ハグマターナ』の1件が「登録延期」勧告から2段階アップの「登録」決議、最後の1件の『聖ヒラリオン修道院/テル・ウンム・アメル』は緊急的登録推薦で推薦されたため、検討する期間が不十分であるとしてICOMOSから勧告が出されていませんでした。

こうしてみると、「情報照会」勧告が「情報照会」決議になったのは1件だけで、それ以外の「情報照会」勧告は全て登録されたことになります。近年指摘され続けていることではありますが、諮問機関による「情報照会」勧告に意味があるのか、その意義について考え直す必要がある気がします。「情報照会」勧告なんていらないということではなく、その勧告を真摯に受け止めるべきではないかという意味です・・・・・・自国の遺産が絡むとなかなか難しいとは思いますが。

◆ 注目の遺産

今回も興味深く魅力的な遺産が多く登録されたのですが、注目の遺産の1つ目は、緊急的登録推薦で登録されたパレスチナの『聖ヒラリオン修道院/テル・ウンム・アメル』です。

この遺産は、現在イスラエルが攻撃を続けるパレスチナのガザ地区にあります。文化交流を示す美しいモザイクタイルなどが残る遺跡ですが、イスラエルの攻撃や保護体制の不備などにより重大な危機に直面しています。本会議では、ベルギーが「登録することは条約の理念に沿うものだ」として登録決議を求める修正案を提出し、19ヵ国の賛同をもって登録が決議されました。決議文の中で、イスラエルによる攻撃については言及されませんでしたが、決議後にパレスチナからガザの悲劇的な状況と世界遺産として保護することの必要性が訴えられ、カタールやレバノンなどから危機遺産に登録し保護することの重要性が述べられました。OUVの言明は第47回の世界遺産委員会で採択される予定です。この遺産については、イスラエルの名前を決議文に出さなかったことが、登録決議のハードルを下げたように思います。

次に注目した遺産は、前回の第45回世界遺産委員会から登録が始まった「記憶の場」に関する2つの遺産、南アフリカの『人権と自由、和解:ネルソン・マンデラの遺産』とルーマニアの『トゥルグジウにあるブランクーシの彫刻作品群』です。「記憶の場」は新しい概念として今後も登録が増えてゆくと思います。(トゥルグジウについては最終的に「記憶の場」の概念が認められませんでした。(*2))

『人権と自由、和解:ネルソン・マンデラの遺産』は、関連性の低い構成資産が含まれることや一部の構成資産の保護が不十分であること、有名人の名前を遺産名に入れることへの懸念などから「情報照会」勧告が出されていましたが、南アフリカにとっての遺産の重要性などから「登録」決議となりました。ブランクーシの作品は、大学院時代に教授の研究室で写真集を見てからわりと好きだったのですが、第一次世界大戦の被害者を追悼するトゥルグジウの作品については全く知らなかったので、今度じっくり調べてみたいと思います。

◆ 危機遺産

危機遺産の保全状況報告では、ウクライナの危機遺産「キーウ」と「リヴィウ」、「オデーサ」で議論が紛糾しました。これはかなり政治的な駆け引きがあり、ロシアによるウクライナ侵攻によってウクライナの遺産が被害を受けていることを決議文に入れようとすると、カザフスタンがロシアの記述を削除する修正案を出し、最終的には秘密投票によってロシアによる侵攻が被害を与えていることが決議文に記載されました。先ほどの『聖ヒラリオン修道院/テル・ウンム・アメル』とは異なり、ロシアを非難する内容が決議文に含まれたことで、政治的な対立の方向に話が向かってしまいました。実際、ロシアによる侵攻が危機の原因なので仕方がないのですが、国際会議の難しさを垣間見ることができました。

決議後ウクライナ政府代表が、今朝インドでは激しいスコールのために美しい景観が見られなかったけれどウクライナでは激しいミサイルのせいで美しい景観を見ることができないのです、と言っていたのが印象に残りました。

危機遺産リスト記載に関する議論では、『ストーンヘンジ、エイヴベリーの巨石遺跡と関連遺跡群』がハイウェイのトンネル建設による懸念で審議されましたが、当面の対策が採られており危機遺産リストに記載するのではなく対話を通じて解決策を模索すべきという意見が出され、危機遺産リストには記載されませんでした。『仏陀の生誕地ルンビニー』は都市開発や水害などの懸念から審議され、レバノンは最後まで「危機遺産リスト入りは国際的な協力を得るための重要な手段である」として危機遺産リストへの記載を求めましたが、インドや日本などの反対により危機遺産リストには記載されませんでした。レバノンも最終的には委員国の決定を尊重するとコメントしましたが、今回のレバノン政府代表の方は、自説をはっきりと述べる方でいろいろな場面で目立っていました。僕はあのように主張してもらった方が問題点がよくわかり興味深かったです。

自国の遺産が危機遺産リストに記載されることについては、やはりどの国もネガティヴに感じており、危機遺産リストの本来の意義があまり活かされていないように感じます。リスト入りをポジティヴに考えるのは難しいのかもしれませんが、国際的な協力の下に危機を取り除くのが危機遺産リストの目的であることを考えると、レバノン政府代表の方が言うように、もっとリストを活用してもよい気がします。危機への対処にも各国の考え方の違いや、政治的・財政的な問題も関わってくるので、そう簡単な話ではないのだと思いますが。

◆第47回世界遺産委員会

2025年の第47回世界遺産委員会は、ブルガリアのソフィアで7月6日~16日の日程で開催予定です。日本から新規登録の審議が予定されている遺産はありませんが、楽しみですね。まずは今回登録された遺産を少しずつ見ていきたいと思います。

※新規登録遺産はこちら

(*1)複合遺産として推薦され、文化遺産が「登録」勧告、自然遺産が「不登録」勧告で、文化遺産として登録されたエチオピアの「メルカ・クントゥレとバルチット」を含む

(*2)『トゥルグジウにあるブランクーシの彫刻作品群』は、登録基準(i)(ii)(iv)(vi)で推薦されていましたが、ICOMOSからは登録基準(iv)(vi)は認められないとした上で、ブランクーシの作品は第一次世界大戦の犠牲者追悼という当初の目的を超越した芸術的・象徴的な意義や価値をもつとして「記憶の場」は当てはまらないとの勧告が出されており、そのまま決議されました。

(2024.08.06)