『古都京都の文化財』と聞いて、皆さんはどの構成資産を思い浮かべるでしょうか?修学旅行で訪れることの多い「清水寺」や「金閣寺(鹿苑寺)」、「銀閣寺(慈照寺)」でしょうか。石庭が世界的に有名な「龍安寺」や、“苔寺”の名で親しまれる「西芳寺」という人もいるかもしれません。また、京都市外にある「平等院」(宇治市)や比叡山の「延暦寺」(滋賀県大津市)を挙げる人もいるでしょう。
ただ、人気の観光スポットも多い『古都京都の文化財』の17の構成資産のなかで、この寺院をパッと思い浮かべる人は少ないのではないでしょうか 。京都市右京区の栂尾(とがのお)にある「高山寺(こうさんじ)」です。私が大学院生時代に『古都京都の文化財』の構成資産をすべてまわった時 、一番最後にまわったのがこのお寺でした。自転車で向かった のですが、山道をこいでもこいでもたどり着かず、結局最後はバスに乗らなければならないほど、京都市街から遠く離れた山奥にあります(京都駅からバスで約1時間です)。言い方は悪いかもしれませんが、『古都京都の文化財』のなかで“最もマイナーな”構成資産の一つといえるかもしれません。
「高山寺」の世界遺産としての価値は、平安時代から江戸時代までの千年に渡って日本の都だった京都の、鎌倉時代の面影を伝えるところにあります。世界遺産の推薦書には「1185年の内乱の後、武士の政権が鎌倉に成立した(中略)この時代を代表する資産としては、世俗や権力と縁を切り自然の中で精神的充足を求めた明恵上人の開基になる高山寺に石水院が残り、鎌倉時代の住宅的な建築様式を伝えている」と記されています。
このように「高山寺」のことを説明されても、あまりピンとこないかもしれません。しかし、高山寺に伝わるこの絵巻のことはよく知っている方も多いのではないでしょうか。国宝「鳥獣戯画」です。平安時代終わり頃から鎌倉時代の初め頃にかけて描かれた作品で、擬人化されたウサギ、カエル、サルなどの動物を用いて、当時の人間の暮らしや風習を生き生きと描き出しています。
この「鳥獣戯画」の甲・乙・丙・丁全4巻の全場面を会期を通じて公開する初の展覧会「国宝 鳥獣戯画のすべて」が、東京国立博物館で開催されています(※5月18日現在、東京都の要請を受けて新たに示された文化庁の方針により臨時休館中)。4巻合計で44メートルを超える絵巻「鳥獣戯画」のすべてを見ることができる展示は、とても見ごたえがあります。とくに「鳥獣戯画」のなかでも有名な甲巻の前には「動く歩道」が設置されていますので、来場者はこれに乗って、まるで絵巻を広げながら見ているかのように鑑賞することができます。
そして、この展覧会の見どころは「鳥獣戯画」だけでなく、高山寺を再興した鎌倉時代の僧・明恵上人にもフォーカスを当てているところです。明恵上人はとても信心深いユニークな人だったようで、24歳の時に画家のゴッホのように耳を切り落としたといいます。これは求道のためでした。また、明恵上人は19歳の頃から晩年まで、ひたすら自分が見た夢を記録しました。それが「夢記(ゆめのき)」(重要文化財)として残っています。明恵上人の人柄は「あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや あかあかや月」という上人が読んだ和歌からもしのばれます。ユーモラスでとぼけた味わいのある人だったのではないでしょうか。
東京国立博物館の特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」では、高山寺に伝わる「夢記」や「明恵上人坐像」(重要文化財)、「明恵上人歌集」(国宝)など、明恵上人ゆかりの品々も展示されています。明恵上人が大切にしていたという子犬の像(重要文化財)もかわいらしくて素敵です。鳥獣戯画だけではない高山寺の魅力を多角的に紹介しているので、世界遺産ファンの方も楽しめる内容となっています。残念ながら現在(5月818日)は臨時休館中ですが、近日中に再開されることを祈りましょう!
※特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」の最新情報はこちらよりご覧ください。
(世界遺産検定事務局 大澤暁)
古都京都の文化財
登録基準:(ⅱ)(ⅳ)
登録年:1994年
登録区分:文化遺産
次回の更新は2021年6月下旬を予定しています。