本日より第45回世界遺産検定の申し込みがはじまりました。今回パンフレットなどの告知物のメインビジュアルとなっているのが『イスファハーンのイマーム広場』です。この遺産はどの国にあるか、皆さんはご存じですか? 中東にあるイラン・イスラム共和国です。
今回は20年以上にわたり日本でイラン政府公認の旅行会社を経営する、エマミエ・セイエド・アバサリさん(イランのフーゼスターン州出身)に『イスファハーンのイマーム広場』の見どころを聞きながら、遺産について学んでいきたいと思います。
まずは『イスファハーンのイマーム広場』の基本情報をご紹介します。イスファハーンは現在の首都テヘランから南へ約340kmの場所に位置しています。サファヴィー朝の全盛期を築いたアッバース1世によって、『コーラン』に記された楽園を理想としてつくられた都市で、サファヴィー朝の都として栄えました。人々から「イスファハーンは世界の半分」と称えられるほどの繁栄を極めました。
エマミエさんは、イスファハーンは日本でいうと京都のような街だといいます。「イスファハーンは日本でいえば京都と同じくらい古い街です。また、街全体が博物館のようなところで、そこも京都とよく似ています。イランには『ペルセポリス』という素晴らしい歴史的な都市もありますが、これは2500年ほど前の街です。一方で、イスファハーンは450年ほど前に(今に続く)イスラム文化によって築かれた都市です。イランの芸術・文化の真髄(しんずい)を味わうことができます」
世界遺産に登録されているイマーム広場はイスファハーンの街の中心にあります。南北510m、東西160mにわたって広がる巨大な広場です。もともとは「王の広場」と呼ばれていましたが、シーア派の法学者ホメイニが中心となって1979年に起こったイラン革命の後に、「イマーム広場」(「イマーム」とはシーア派の指導者の意味)と改称されました。
構成資産を見ていきましょう。第45回世界遺産検定のメインビジュアルの写真は、アッバース1世が建造を命じたイマーム広場で最も大きなモスク「イマームのモスク」です。高さ47mのドームをもち、1630年に完成しました。見ていると吸い込まれてしまいそうなほど、緻密なアラベスク模様の装飾が素晴らしいですね。
広場の西側に立つのが、15世紀のティムール朝時代の宮殿に、アッバース1世が2層の建物を付設した「アリー・カプー宮殿」です。迎賓館としての役割を担った建物で、宮殿の中は鳥や人物の細密画で埋め尽くされています。2階にあるテラスは皇帝が、イマーム広場で行われるイベントを見物したり、広場の人々と面会するために使われた場所です。宮殿の最上階には音楽ホールを備えています。
エマミエさんがイマーム広場を訪れたらぜひ行って欲しいというのが、イマーム広場北側の「バザール」です。「バザールのなかでは、イスファハーンの名産であるペルシャ更紗(さらさ)(ガラムカール)をつくる工程の一部を見せてくれたり、テーブルクロスなどに使える綺麗なペルシャ更紗をたくさん見ることができます。ここはぜひ一度行ってみて欲しいです」 古来より政治、経済、交通の要衝として栄えたイスファハーンには、イラン各地から様々な商人が集まりました。イマーム広場のバザールの賑わいからは、そんな歴史の残り香を感じることができるかもしれません。
また、イマーム広場にある「シャルバット・サラー」という飲料店もおすすめだと言います。「シャルバットとはイランの伝統的な飲みもので、果物や花びらから作られます。シロップによく似た甘い飲料です。じつは英語のシロップはアラビア語に由来しており、中東から生まれたものです。イマーム広場のシャルバット・サラーでは、さまざまな味のシャルバットをお楽しみいただけます」
イランでも新型コロナウイルスは猛威をふるい、今年の4月頃は大変深刻な状況だったといいます。しかし、現在では感染者数は減り、予断を許さない状況ではあるものの、少しずつ状況は改善されているといいます。なかなか今すぐに旅行で訪れることは難しいかもしれませんが、「イランの真珠」と称えられるほど美しい都市であるイスファハーン、いつかぜひ一度行ってみたいものです。
(世界遺産検定事務局 大澤暁)
イスファハーンのイマーム広場
登録基準:(ⅰ)(ⅴ)(ⅵ)
登録年:1979年
登録区分:文化遺産
次回の更新は2021年8月下旬を予定しています。