今日から受検申込が開始された第48回世界遺産検定のメインビジュアルでは、アメリカ合衆国の「イエローストーン国立公園」を取り上げています。世界で最初の国立公園としても知られるこの世界遺産にとって2022年はある節目となる年です。どんな節目か、皆さんはわかりますか? じつは2022年はイエローストーン国立公園が世界で最初に国立公園に指定された1872年から150年となるのです。1872年の3月1日に第18代アメリカ大統領ユリシーズ・グラントが「イエローストーン公園法」にサインし、イエローストーンは世界初の国立公園となりました。
1872年にアメリカで生まれた「国が自然を保護する」国立公園という制度は、その後全世界へ広がっていきました。国立公園に指定されているものの中には、世界遺産に登録されているものも数多くありますね。「国立公園制度は、我々アメリカ人が思いついた最高の制度だ。まさにアメリカ的、民主的であり、アメリカ人の最も良い部分を反映している」とアメリカの作家で歴史家のウォーラス・ステグナーは述べましたが、19世紀から国が先頭に立って自然保護に取り組んだ、その先見性は素晴らしいと思います。
さて、今回はモンタナ州の自然の美しさに惚れ込み、日本からアメリカへ家族とともに移住し、イエローストーン国立公園で日本語のガイドツアーや宿泊施設の提供を行うグラント紀代美さんにお話を伺います。
グラント紀代美さんは熊本県の中学校で22年間英語の教員を勤めた後、2003年にアメリカ人の夫・デイビットさんと2人の息子さんとイエローストーン国立公園近くのモンタナ州リビングストンに移り住みました。移住した当初はイエローストーンで観光業に携わることは考えていませんでしたが、何かできる仕事はないかとはじめた日本人向けのB&Bが予想外に好評だったので、宿泊者専用のコテージを建て、さらにガイドの資格を取り、業容を拡大して今に至っています。
もともとイエローストーン国立公園をはじめとするモンタナ州の自然が大好きだったグラント紀代美さんは「この自然の美しさを日本の人に紹介しなければ!」と使命感に燃えて仕事に取り組んでいます。「イエローストーン国立公園は地球の命が感じられる場所です。8900㎢の敷地のなかで人の手が加えられている場所はごくわずかです。日本では想像もつかない規模の手つかずの自然が広がっています。そこが大きな魅力です」とグラント紀代美さんは話します。「有名な間欠泉はぜひ見に行っていただきたいです。地球上の約3分の2の300以上もの間欠泉があります。それに温泉でバクテリアが織りなす色の美しさ。滝、渓谷、湖……語り切れないほど多くの美しい自然と出会えます。さらに北米で一番多くの種類の野生動物もここで暮らしています。もともと私は動物が大好きだったので、これも魅力的です」
イエローストーン国立公園の来場者は近年も増え続けています。2020年までは右肩上がりで上昇。2020年は新型コロナウイルスの影響で減少したものの、2021年は480万人と過去最高を記録しました。「アメリカ人のイエローストーンへの思い入れはとても深いものがあります」とグラント紀代美さんは言います。「うちに来るお客さんは日本から来る方と、アメリカに住んでいる日本人がいるのですが、アメリカに住んでいる方々は『イエローストーンは素晴らしい場所だから日本に帰る前に行ってこいよ』とアメリカ人の友人・同僚に言われてくる人が多いです。イエローストーンが自国にあることにとても誇りをもっているんですね。1872年にイエローストーンが国立公園に指定されたのは、この美しい自然を次世代にそのままの形で渡していくということが目的の1つにありました。もしも国立公園になっていなかったら、人間の手が入ってきてリゾート開発されるなどして自然が壊されていったと思います。とても素晴らしい決断だったと思います」
国立公園に指定されることによって、手つかずのまま残されたイエローストーン国立公園の自然ですが、グラント紀代美さんは近年、地球温暖化による変化を感じています。「去年は1000年に一度ともいわれる暑さでした。最近は夏がとにかく暑く、干ばつで水不足に悩まされています。冬もこれまでのように寒くはなりません。カリフォルニアでは大規模な山火事が頻発し、灰がこちらにも飛んできています……」
地元の環境団体からは、地球温暖化によってイエローストーン国立公園の野生動物が危険にさらされ、自然景観が変貌する可能性があるという研究結果も発表されています。先人たちが国立公園という制度を生み出して守ってきたものを、次世代に引き継いでいけるように知恵を絞っていきたいですね。
(世界遺産検定事務局 大澤暁)
イエローストーン国立公園
登録基準:(vii)(viii)(ix)(x)
登録年:1978
登録区分:自然遺産
次回の更新は2022年6月を予定しています。