2022年 8月『パリのセーヌ河岸』『琉球王国のグスク及び関連遺産群』

2022年は世界遺産センターが創設されてから30年!


 今年2022年は、世界遺産活動にとって重要な出来事と関連した年です。6月の「今月の世界遺産」で紹介した世界遺産条約批准の1972年から50年目、3月の「今月の世界遺産」で紹介した『イエローストーン国立公園』が世界で最初の国立公園に認定されてから150年。そして今回ご紹介するのが、1992年に世界遺産委員会事務局を担う「世界遺産センター」が発足して30年の節目です。「世界遺産センター」が置かれるユネスコ本部があるフランスの首都パリには、世界遺産の『パリのセーヌ河岸』があり、今年の世界遺産検定のポスターにその写真が載っています。

世界遺産センターが拠点を構えるパリの世界遺産『パリのセーヌ河岸』

 『パリのセーヌ河岸』というと、多くの人は2019年4月に起きたノートル・ダム大聖堂の火災を思い出すのではないでしょうか? 1163年に着工し、1345年に完成した「我らの貴婦人(Notre-Dame)」の名をもつゴシック様式の聖堂が大きな炎に包まれ、悲しみにくれた様子で祈りの言葉を唱えるパリの人々の姿は痛ましいものでした。火災から3年がたち、現在は復元作業が続けられています。

2019年4月、パリのノートル・ダム大聖堂は大規模火災に見舞われた

 また、2019年には日本でも衝撃的な文化遺産の火災が発生しました。10月に沖縄県で起きた首里城の火災です。約11時間にわたり燃え続け、正殿をはじめとする9施設が焼失しました。首里城の建物は1945年のアメリカ軍の侵攻によりすべて焼失しており、火災で焼失した建物は戦後に復元したものでしたが、首里城の遺構は『琉球王国のグスク及び関連遺産群』として世界遺産に登録されています。焼失した首里城の建物は現在、復元中です。

2019年10月の火災後の首里城

ノートル・ダム大聖堂と首里城の復元を考えるウェブ展覧会

 ともに2019年に火災で大きな痛手を受け、現在は復元を行うこの2つの文化遺産を取り上げたウェブ展覧会がスタートして注目を集めています。「パリ・ノートルダム大聖堂と首里城 2019年の火災を超えて復元と文化遺産の価値を考える」です。プロローグには「文化遺産のオーセンティシティ (真実性) は、文化遺産をかたち作る部材や形態がオリジナルであることによって証明される、と伝統的には理解されてきた。古い部材が失われてしまった文化遺産を「復元」することと、こうした伝統的なオーセンティシティ理解は、相入れないように思われる。(中略)復元は、建物の文化遺産としての価値、さらにその社会的な価値に関して、どのような意味をもつのだろうか」とあります。
 世界遺産について学ぶ際に重要な概念であるオーセンティシティ(世界遺産検定では「真正性」と訳しています)ですが、火災などによって失われてしまった文化遺産を復元した場合、オーセンティシティは失われてしまうのか、という視点から2つの文化遺産について紹介する非常に興味深い内容の展覧会です。

ウェブ展覧会「パリ・ノートルダム大聖堂と首里城 2019年の火災を超えて復元と文化遺産の価値を考える」

 このウェブ展覧会を企画したのが、2019年の火災発生当時のICOMOS(イコモス)の会長だった河野俊行さん(九州大学副学長、主幹教授)です。河野さんはノートル・ダム大聖堂の火災を受けて、「この問題には建築にとどまらないより多角的なアプローチが必要」と考えて、文化的な背景も価値も異なる首里城を同時に扱うこの展覧会を企画しました。日本とフランスの専門家がこの展覧会を実現するために集まり、2年の準備期間を経て4月にサイトがオープン。日本語、英語、フランス語の3ヵ国語でウェブ展覧会を見ることができます。「日仏の歴史的建造物の様々な違いを超えて、被災文化遺産の復元という共通課題について、フランスの専門家達と2年間数十回にわたって議論してきた成果が結実しました」と河野俊行さんは言います。

ウェブ展覧会を企画した河野俊行さん(九州大学副学長、主幹教授)

 今回のウェブ展覧会の見どころが、豊富なビジュアル資料の「展示」です。2つの遺産に関わる写真や古文書など約350枚を見ることができます。首里城火災の日にパリ消防旅団ジャン・クロード・ガレット少将から那覇市消防局へ送られた手紙といった現代の資料から、ジャン・ブーケが15世紀に描いたノートル・ダム大聖堂の絵のような古いものまで、多くのビジュアル資料をもとに、2つの遺産を紹介していきます。

画像を拡大して見ることもできる

 ウェブ展覧会ならではの見せ方にも注目です。プロローグの後には、「Room 1 灰燼」、「Room 2 不変性と変容」、「Room 3 想いと記憶」、「Room 4 復元」とテーマごとの展示が続きますが、2つの遺産をテーマごとに画面の左右でわけて平行して紹介しています。鑑賞者は画面を下にスクロールしながら、それぞれのテーマごとに2つの遺産について見ていく流れです。ウェブ展覧会ならではの手法といえるでしょう。これによって鑑賞者は2つの遺産をバラバラのものでなく、比較しつながりを感じながら見ていくことができます。

ウェブ展覧会では2つの遺産が画面の中で横並びで紹介される

 エピローグ「未来へ」ではオーセンティシティという理念の進化について語られています。 「失われた部分を誠実に復元することは、これまでしばしば揶揄されてきたような、文化遺産の改竄ではない。それは、オーセンティシティの核心に関わる部分を正確に回復させる作業・プロセスである。(中略)ノートルダム大聖堂と首里城正殿の復元は、この理念上の進化に大いに貢献するだろう」。
 このウェブ展覧会は2つの遺産の復元完了が公式に宣言されるまで続けられます。「文化遺産の復元には市民のサポートが大事。この展覧会が市民の理解を深めるプラットフォームになればいい」と河野俊行さんは言います。ぜひ皆さんもこのウェブ展覧会をじっくり見て2つの遺産について理解を深め、「文化遺産の復元とは何だろう?」「どういう意味を持つものなんだろう?」ということを考えてみてください。そして、この2つの建物の復元が完了するまで応援していきましょう!

(世界遺産検定事務局 大澤暁)

ウェブ展覧会「パリ・ノートルダム大聖堂と首里城 2019年の火災を超えて復元と文化遺産の価値を考える」
※こちらのウェブサイトでは2022年3⽉14⽇(⽉)・15⽇(⽕)に開催され、日仏の復元担当者も出席した国際シンポジウム「災害後の復興-パリ・ノートルダム⼤聖堂と⾸⾥城の復元ー」の動画を9月中に公開予定です。


パリのセーヌ河岸
登録基準:(i)(ii)(iv)
登録年:1991
登録区分:文化遺産

琉球王国のグスク及び関連遺産群
登録基準:(ii)(iii)(vi)
登録年:2000
登録区分:文化遺産

次回の更新は2022年12月を予定しています。

例題

Q1.『パリのセーヌ河岸』に含まれる建物として、正しいものはどれでしょうか? (4級レベル)
  1. コロッセウム
  2. ノートル・ダム大聖堂
  3. アヤ・ソフィア
  4. クロンボー城 
Q2.『琉球王国のグスク及び関連遺産群』に関し、首里城内にある構成資産として正しいものは? (3級レベル)
  1. 斎場御嶽(せいふぁうたき)
  2. 識名園(しきなえん)
  3. 園比屋武御嶽石門(そのひやんうたきいしもん)
  4. 玉陵(たまうどぅん)
Q3. 『パリのセーヌ河岸』に関し、ケルト系のパリシイ人が住み着き、パリの歴史の始まりとなった島は? (2級レベル)
  1. シテ島
  2. ロドス島
  3. オバラウ島
  4. ローヴェン島