今回取り上げるのは、第52回世界遺産検定のメインビジュアルにもなっている『ヴァティカン市国』です。ヴァティカン市国はローマ市内にある世界最小の独立国です。その面積は0.44㎢で東京ディズニーランドよりも小さいというから驚きです。そして、国がそのまま全て世界遺産に登録されています。国全体が世界遺産となっている例は他にはありません。
ヴァティカン市国はローマ教皇を国家元首とする国でもあります。国の面積は最小ですが、世界のカトリック教会の頂点に立ち、キリスト教徒にとって最も神聖な場所のひとつです。ヴァティカン市国のなかでローマ教皇が要人との謁見などに使うのが、ヴァティカン宮殿です。有名なサン・ピエトロ大聖堂のすぐ横にあります。
このヴァティカン宮殿の大部分を占めるのが、ヴァティカン美術館です。16世紀末に教皇ユリウス2世により創設されたこの美術館は500年以上の歴史をもち、歴代のローマ教皇が蒐集(しゅうしゅう)した美術品を展示しています。ラファエロの「アテネの学堂」やレオナルド・ダ・ヴィンチの「聖ヒエロニムス」など数々の名作がここに収められています。
ヴァティカン美術館には日本人画家たちの作品が納められていることをご存知でしょうか? 今回はその1つ、岡山聖虚(1895~1977年)という画家が描いた「日本二十六聖人画」を紹介します。これは1597年に豊臣秀吉の命によって長崎で磔の刑に処された26人のカトリック信者を、縦2m幅75cmの掛け軸にひとりずつ描いた26枚の掛け軸からなる大作です。
岡山聖虚は15年かけてこの絵を制作し、1931年に当時の教皇ピオ11世に献上しました。日本画的な表現の中に西洋的なものが混じり合っていて、非常に心を打たれる作品です。2019年に現在のローマ教皇フランシスコが長崎を訪れた時に、日本二十六聖人記念館で「日本二十六聖人画」のレプリカ(浦上キリシタン資料館所蔵)をご覧になられました。
岡山聖虚は「忘れられた天才画家」とも呼ばれており、その作品が近年国内外で新たに発見されており、注目を集めています。聖虚のひ孫にあたる木下さんは昨秋にホームページを立ち上げました。「聖虚は100点以上の作品を残していますが、名声、名誉といったものとは無縁でした。作品の記録もあまり残っていませんので、聖虚のことをもっと広く知っていただきたいとホームページを立ち上げました」と木下さんは言います。
木下さんはヴァティカン美術館に収められている聖虚の代表作「日本二十六聖人画」は100年の間に劣化が進んでおり、一刻も早く修復が必要な状況だといいます。「約20年前に現地で日本人の修復家の方々が修復を行ってくださったのですが、26枚の絵のうち修復できたのは3分の1程度でした。早く修復の続きをしないと、劣化がどんどん進んでしまうので心配しています。ヴァティカン美術館所蔵の絵を持ち出すことは非常に難しいことなのですが、なんとか絵を日本で修復することができないか、聖虚の絵を守る方法を必死に探し続けています」。日本人の「忘れられた天才画家」の代表作、修復され良い状態で世界中の人々に見てもらう日が早く来ることを期待したいですね。
(文:世界遺産検定事務局 大澤暁)
ヴァティカン市国
登録基準:(i)(ii)(iv)(vi)
登録年:1984
登録区分:文化遺産
次回の更新は2023年6月を予定しています。