3月も半ばを過ぎ、4月からの新生活に向かって準備をはじめた人もいるのではないでしょうか。世界遺産検定では新年度からポスターやパンフレットなどの広告で、「留学生のオススメ世界遺産」という企画をはじめます。これは日本に留学経験をもつ外国人の方に、母国の世界遺産を紹介してもらおうというものです。
1回目に登場してくれたのは、世界遺産の最多保有国イタリアのローマ大学から早稲田大学に留学したサーシャ・カイザーさんです。彼が紹介してくれたのは大学時代の4年間を過ごした思い出の地にある『ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂』。今回はサーシャさんの話を交えながら、この世界遺産について紹介します。
まずは『ローマの歴史地区と教皇領』について復習しておきましょう。ローマは古代にはローマ帝国の首都として、中世以降はキリスト教世界の中心として、ヨーロッパの中で重要な役割を果たしてきました。『ローマの歴史地区と教皇領』にはローマ市民の生活の中心の場だった「フォロ・ロマーノ」や、217年にカラカラ帝が市民のために開いた巨大な公衆浴場跡「カラカラ浴場」、315年にコンスタンティヌス帝が政敵に勝利したことを記念して建てられた「コンスタンティヌスの凱旋門」など、紀元前1世紀~紀元後5世紀までのローマ時代の遺構が多くのこっています。
サーシャさんがイタリアで通っていたローマ大学についても簡単に触れておきましょう。正式名称を「ローマ・ラ・サピエンツァ大学」といい、1303年にローマ教皇ボニファティウス8世によって設立された世界最古の大学のひとつです。ボニファティウス8世はフランス国王フィリップ4世に捕らえられ、屈辱のうちに死んだ「アナーニ事件」の悲しい法王というイメージが強いかもしれませんが、ローマ大学を設立したり、画家ジョットのパトロンとなったりと、学術・芸術に理解の深い法王でもあったんですね。ローマ大学はイタリアの中で最も学術レベルの高い名門校として知られており、ルネサンス期の政治家チェーザレ・ボルジアから、「ラスト・エンペラー」などの作品で知られる映画監督ベルナルド・ベルトルッチまで、数多くの著名人を輩出しています。
「ローマの歴史地区」イタリア人ならではの見どころとは?
さて、大学時代の4年間ほとんど毎日、ローマの遺跡群を見ながら過ごしてきたというサーシャさんに『ローマの歴史地区と教皇領』のどこがオススメなのか聞きました。まず見どころは「コロッセウム」だとサーシャさんは言います。「あの巨大な建物が2,000年ものあいだずっと立っているというのはイタリア人の視点から見てもすごいことだと思います」。
コロッセウムは紀元80年に完成した約5万人が収容可能な世界最大の円形闘技場です。日本の東京ドームの収容人数が5万5,000人(野球利用時は4万6,000人)ですから、それに匹敵する巨大な規模の闘技場だったのです。それが2,000年近くも立ち続けているということは、イタリア人にとってもやはり驚異的なんですね。
80年に完成したコロッセウムの収容人数は東京ドームに匹敵する
コロッセウムはローマ市民の娯楽となる見世物を行う施設として建設されました。当時ローマには100万人もの市民が住み、コロッセウムで行われる剣闘士とライオンなど猛獣との戦いに熱狂したことは有名です。しかし、それだけではないとサーシャさんは言います。「一番興味深いのはいわゆる“模擬海戦”。コロッセウムの舞台が水で満たされて、海戦が演じられていたという」。
古代ローマでは見世物としてコロッセウムのアリーナ部分に水を引いて、そこで模擬海戦をくり広げることも行われていました。現代のように街のすみずみまで水道網が整備される前のことですから、その労力は大変なものであったに違いありません。
コロッセウムの模擬海戦想像図
もうひとつサーシャさんが『ローマの歴史地区と教皇領』の見どころとして紹介してくれたのが「トラヤヌス帝記念柱」でした。トラヤヌス帝のことは高校の世界史で習ったという人も多いかもしれません。五賢帝のひとりで、ローマ帝国の最大領土を築いたことで知られています。
113年に建てられたトラヤヌス帝記念柱
「トラヤヌス帝記念柱」はトラヤヌス帝によるダキア征服を記念して建てられました。ダキア軍との熾烈な戦いの様子が、柱のまわりに螺旋状に刻まれたレリーフ(浮彫り)に生き生きと描かれています。「学校でローマの歴史は学んでいるので、柱のレリーフを見たらこれはあの場面を描いているというのがすぐに頭の中で浮かぶ。本当に本みたいに読めて面白い。たぶんイタリア人にはこれが一番人気なんじゃないかと思います」(サーシャ・カイザーさん)
「トラヤヌス帝記念柱」は日本で知名度はそこまで高いとは言えませんが、イタリア人にとっては今でも先祖の歴史を語り継ぐ、大切なモニュメントなんですね。
トラヤヌス帝記念柱のレリーフ
留学生のオススメ世界遺産はいかがだったでしょうか? 世界遺産とは“人類共通の宝物”です。自国の世界遺産の魅力を他国の人々に発信し、あるいは他国の遺産を学びその価値を知り、国際的な相互理解を深めることは、世界遺産というものが存在する大きな意義の一つです。皆さんも身の回りに留学生や外国人の友人がいたら、母国にはどんな世界遺産があるのか聞いてみると面白いかもしれません。
最後に、新型コロナウイルスの感染拡大により深刻な影響を受けているイタリアの観光地や人々に、一日も早く平穏な日々が戻ってくることをお祈り申し上げます。
(世界遺産検定事務局 大澤暁)
『ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂』に関する
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ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂(イタリア共和国及びヴァティカン市国)
登録基準:(i) (ii) (iii) (iv) (vi)
登録年:1980年登録
登録区分:文化遺産