解説
イラン南部の丘の上にあるペルセポリスは、紀元前6世紀におこったアケメネス朝ペルシアが最も栄えた時期に作られた宗教都市です。アケメネス朝は建国するとすぐに近くの国々を征服し、はじめて古代オリエントを統一して大帝国を作り上げました。ペルセポリスは、そのアケメネス朝が最も領土を広げた3代皇帝ダレイオス1世の時代に作られ始めました。完成までに約60年もかかり、その間に皇帝は2人も代わりました。
ペルセポリスでは毎年、春分の日に「新年の大祭」が行われていたと考えられています。帝国内の23の属州や、35の民族の使節団が献上品をもって王のもとを訪れました。使節団は約20mの高さにある入口まで大階段を登り、高さ約16mの巨大なクセルクセス門を抜けて、「謁見の間」であるアパダナで王に捧げ物をしました。
しかし、ギリシャ語で「ペルシア人の都市」と呼ばれたペルセポリスは、紀元前330年にアレクサンドロス大王率いるマケドニア軍の侵略を受けて滅亡しました。