世界遺産検定

旅へ導くプロフェッショナル世界遺産スペシャリスト

世界遺産スペシャリストインタビュー

世界遺産を通して見える「人の営み」に魅せられて
NTTトラベルサービス 本間裕子さん
タイムスリップしたかのように人々の息づかいを感じた「ポンペイ遺跡」

――今年の9月世界遺産スペシャリストに認定されました。直後にイタリアに行かれたそうですが、どんな世界遺産を訪れたのですか?

 イタリアには45の世界遺産があります。これは一国としては最多の数で、効率良くたくさんの世界遺産が見られる魅力的な国です。私もイタリアに魅せられた1人で、昨年はローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアの世界遺産を訪れました。今年は是非行きたかったアマルフィ海岸とアルベロベッロのトゥルッリをメインに、ポンペイ遺跡、ナポリの歴史地区、マテーラの洞窟住居、カゼルタの王宮と庭園、ローマの歴史地区と7つの世界遺産を巡り、南イタリアを代表する世界遺産を肌で感じることができました。

――いちばん印象に残った世界遺産は?

ポンペイ遺跡にて
ポンペイ遺跡にて。今回の旅は1級を共に合格した友人と一緒に参加した。「お互い見るポイントが違い、いい刺激になりました」と本間さん(右)

 期待以上に感動したのはポンペイ遺跡です。一見何の変哲もない石の町でしたが、現地ガイドの方の説明が当時の町を蘇えらせてくれました。その1つが市場に飾られていた絵です。農産物やワイン、魚などが描かれているのですが、これは言葉が通じない人々が買い物をするための手段だったとか。当時は通訳がいないので、絵を指して欲しいものを手に入れていたそうです。人と人とのコミュニケーションの原点に触れたようで、ポンペイの人々を身近に感じた瞬間でした。船着場の跡や飛脚のマークが描かれた運送屋の跡。車の轍に左右の歩道。主に男性たちが商談の場として使ったという浴場の施設。人家の跡や水飲み場など、立っているだけで道を行き交う荷車の音や人々の足音が聞こえてくるような気持ちになりました。まさにタイムスリップでしたね。

人間の知恵が生んだ、イタリアの個性的な伝統集落

――他にはどんな世界遺産が印象に残りましたか?

 世界遺産には登録基準があり、今回巡ったポンペイ、マテーラ、アマルフィ、アルベロベッロが登録基準Vの「独自の集落」という評価で共通しています。日本では白川郷がこれに当たるのですが、それぞれに異なった印象を受け、人間の生活の知恵を感じました。

マテーラの洞窟住居
マテーラの洞窟住居は、8世紀ごろイスラム勢力の迫害から逃れたキリスト教徒が住んだのが始まりと言われている。

 特に強い印象を受けたのはマテーラの洞窟住居です。ガイドの話を聞く前は人を拒むような淋しい印象でした。住居が公開されている場所を訪れて説明を聞くと、当時は小さな部屋の中に人と馬が同居し、馬糞も大切な燃料として家の中に蓄えていたとのこと。1台しかないベッドは両親と赤ちゃん用。子供はタンスの引き出しの中で眠り、トイレはポータブル式でベッドの脇に置かれています。不衛生で貧しい時代の声が聞こえてくるようでした。また丘の上にあるマテーラの町では、雨水を井戸に貯める工夫もあったようです。この井戸を囲んで近所の人々が日々語らっていたとか。日本でも水を囲んで語らう風景がありますよね。なんだか共通点を見つけたようで身近に感じました。

トゥルッリ
アルベロベッロのトゥルッリは、16~17世紀にかけて開拓農民用の住宅として作られた。最近では屋根を積む技術を持つ人が少なくなってきている。

 アルベロベッロにはトゥルッリと呼ばれる円筒形の家が点在しています。三角形の屋根は平たい石を積んであるだけの簡単なものなのですが、屋根に降った雨水を一箇所に集め、井戸に溜める工夫をしています。当時「屋根のある家」が課税対象だったため、人々は徴税人が来ると屋根を外して「家ではない」と主張して税金を逃れていたそうです。今はこの屋根を修理できる人がいなくなってきているとのことでした。遺産を受け継いでいくことの大変さを感じます。

アマルフィの町
急勾配の斜面に貼り付くように広がったアマルフィの町。市外にはヨーロッパ、ビザンツ、イスラムなどの様式が複雑に混ざり合った独特の町並みが残されている。

 アマルフィ海岸は海岸線とはいえ、険しい山道のように急カーブが続きます。狭い個所が多いので、大型観光バスはソレントからサレルノ方向への一方通行に規制され、右手に海、左手にそそり立つ崖を見ながら走ります。人と自然という文化的景観に相応しい遺産だと思います。言葉なしに是非味わっていただきたいですね。

多くの世界遺産を見て歩き、お客様との会話に活かしたい
ポンペイ遺跡にて
ポンペイ遺跡にて。町の中には「人の営み」が感じられる壁画が当時のまま保存されている。

 私が強く魅せられるのは、世界遺産に見られる「人の営み」です。実は世界遺産講座を受講した時に、講師の方が「こんな場所で勉強するのでなく是非旅行に行ってください」とおっしゃったんです。本当にその通りで、実際に世界遺産を訪れると、机上の勉強では分からない当時の時代の有様や人々の生活の息吹を感じます。

 リピーターのお客様はたくさんの世界遺産を見ていらっしゃいます。私自身頭に「?」マークをつけて話すよりも、知識を持った上で話す方が相手にもその地の魅力が伝わり、会話が弾んでくるのを感じます。これからもたくさんの世界遺産を見て歩きたいですね。来年は中世の歴史を感じるサン・ジミニャーノやシエナあたりに行きたいなと考えています